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社長通信

第100号 自分で考える

1996年07月号

今年の首都圏はどうやら水不足。西日本は雨の降り過ぎで心配なさそうですが、どうも日本は自然も人間も“ほどほど”が嫌いらしい。
住専が末野興産や桃源社のおっさんに何千億円を貸す異常さとか、銀行や商社で1千億以上の不正が長い間発見できなかったとか、お上が許可しているからとエイズ入りの製剤を平気で販売するとか、テレビ会社が撮影協力してくれた弁護士の談話ビデオを、見せてはならない敵対する相手に見せて一家惨殺の遠因を作るとか、一時1ドル80円にもなった円が今や30数パーセント安の110円になり、輸出しやすくなったというのに国際収支の大幅な悪化とか。いずれも、“ほどほど”の状態ではありません。
また、土地などは、一時の1/3,1/4にもなった所があるといいます。そのことは、利用価値以上に高い価格がついていたということで、何かにつけ日本人の右にならえの習性(赤信号皆で渡れば怖くない)が、これらの異常な現象にも無神経でいられることにつながってはいないでしょうか。
更に悪いことに、こうした悪行が露見しかけても隠蔽を続け、ばれてしまうと、そろそろ引退しても良かった程度のトップが引責辞任して幕となります。
本当は、政界や官界にも責任をとらねばならない連中がいっぱいいるのに、彼らは知らぬ存ぜぬの無責任を決め込み、人の噂も75日とばかり、マスコミもいつの間にか報道しなくなります。こんなことだから無力感からか国民の半分が選挙にも行かなくなり、本当に末世的現象といわねばなりません。
日本人は、前例の無いことや常識外のこと、知識・経験のないことや人がやっていないことは、やらないといわれています。あるいは、足元をすくわれないよう抜きん出ることを避け、他人にどう思われているとか、見られているかを特に気にする民族だと思われています。
それにしてはバランス感覚に欠ける行動が多いのはどうしたことなのでしよう。もう少し先見性を持って自分の頭で考え、判断し、実行しておれば、今回のバブル後遺症はもっと軽くて済んだ様に思います。
会社には稟議とか、取締役会とか、OO会議とか、ミーティング、あるいは根回しとかの会社を運営するために、様々な会議や打ち合わせやチェックシステムがあります。しかし、このシステムは両刃の剣で、責任逃れの道具になってはいないでしょうか。
稟議が通っているから、会議で決議を得ているから失敗しても責任を追求されることはないので大丈夫、といった安易な気持ちで仕事をすることがあっては絶対いけません。
当社がこの業界に入って16年、私はお墓のことだけを考え続けてきました。今でも何はさておいて、墓地の情報があれば私か専務がすっ飛んで行きます。そして、16年間に培った勘で良否を即決(この墓地を自分が買うとして欲しいか否かが要素)しています。このスピードが、当社の評判を生み、情報が集まる原因の一つになっていると思うのです。

会議の目的は、独断専行を防ぎ、英知を集め、多数決という民主主義的経営を行なうためにあるのです。しかしこの前提は会議に参加する人が、私情をはさむことのないこと、議決に参加するに足る十分な知識と経験を持っていることが必要です。

ある会社では業績低迷のため、毎日のように会議があり、ただ議案を読みあげ議決するという儀式だけを繰り返しているそうです。気休めの会議が行われるようになると、会議を行なうことが仕事の目的化して、その会社は末期的症状を呈することになります。日本人は、本音をはっきりいわない分、相手の顔色や腹を読んで判断しなければならないことが多いのですが、これからのグローバルで、マルチな時代を生きていくにはこのままで良いはずがありません。

あなたはこれからどうしますか。

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