トップページ社長通信第140号 <お墓屋さん20周年>

社長通信

第140号 <お墓屋さん20周年>

1999年12月号

ちょうど20年前の今ごろ、小雪がぱらつく寒空の元、長靴(安全靴がなかった)を履いて流山市の寺墓地にて1坪の外柵と8寸格の石塔を受注し、建立しました。森中専務は造園業務の経験があり、彼の指導のもとに慣れない手つきで、重い石を一輪車で運び、決死の思いで作ったことを昨日の様に思い起こします。墓石工事用の道具が一切無く、経験者もおらず、よくもやったものですが20年の風雪に耐え、今もしっかり立っており、ホッとしています。
人の運・不運は個人差もさることながら、生まれた時代によることが多いのではないかと思います。団塊の世代の多くは、終戦後、戦地から命からがら帰ってきた復員軍人の子として生まれ、一時期、年間210万人が生まれています。国民の殆どがお米が少ししか入っていない雑炊(ご飯に増量のために野菜や雑草・茎・芋・豆等をいれて煮込んだ塩味だけの鍋)をすすっていた(食べると言う表現は不適切)時代です。従って彼らの赤ん坊の時、充分なミルクも与えられず(もしお金があってもミルクが手に入らなかった。)、学校ではすし詰め教室を余儀なくされ、更に激しい受験競争・出世競争に晒され、今また、一番のリストラ対象世代となっています。しかし、人間としての逞しさは秀でています。彼らの生まれた50年後の現在は、出生数が彼らの4割減、120万人となり、子供たちは蝶よ花よと可愛がられて育てられています。何でも与えられることしか知らないこの子達の50年後、欲しい物を苦労して自分の力で得る術を知らないでこのまま育ったとしたら、きっと悲惨な人生になるのではと、無用な心配をしてしまいます。
私の人生観は、「プラス・マイナス・ゼロ」です。私が公開会社の創業社長だから、いっぱいお金がある様に思われがちですが、大学を出てからの3年間、資金繰りで死ぬ苦労をしたお陰で、「金は天下の廻り物、必要に応じて手当てできれば良い」という金銭哲学がついてしまいました。当社創業以来33年間、資金繰りに殆ど苦労したことがありません。(他人から見れば苦労でも、見える範囲・解る範囲の事業しかしてこなかったので、苦労と感じないだけのことですが―――。)自宅だって住めれば充分と、子供が大きくなるごとに貸し家を3回変った後、25年前に中古の住宅を買いました。今は夫婦だけなので、ひっそり生活するには充分ですが、来年3月末の完成を目指し、少し大き目の自宅を新築しています。60歳にして初めて自分達の設計による城を建てることになったのです。 家内はこんな大きな城を持つなど夢にも思っていなかったのですが、正夢になったようです。但し、私にとって家は些細なことで、夢はお墓と葬儀の業界で一番になることです。
さて、この夢が正夢になるか、ただの夢に終わるか――――。お墓の業界では、後2~3年でトップの座が得られそうですが、葬儀はこれからのスタートです。但し、10年でトップになる計画を立てています。私の強みは、業界常識を知らないことですが、消費者の常識は熟知しています。即ち、・・・・・・
(1)葬儀価格は価格が高くて内容が不透明(特に使い回しなのに祭壇料が異常に高い)
(2)初めに充分な説明がない
(3)オプションが多くて予算より大幅に高くなる
(4)終わってみないと評価できない
(5)葬儀社が全てを仕切り儀式化し過ぎている
(6)故人らしい葬儀が出来ない
(7)病院と葬儀社が癒着していて業者選択の余地が少ない
(8)戒名料など解りにくい

等々、私が喪主であれば持つ不満は消費者と同じです。他業界からの新規参入の成功の秘訣はこうした業界のウイークポイントを突けばよいのです。商売はお客様が満足することをして差し上げれば良いだけですから、簡単と言えば簡単です。

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