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社長通信

第166号 ハングリー精神

2001年12月号

 今年も残り僅かとなりました。ミレニアム維新に相応しい激動の2001年でした。19日の全社忘年会では、元気な人とそうでない人がくっきり分かれていたようですが、目標達成度の違いでしょうか。

 今年は横浜聖地霊園のオープンや、生花祭壇システム「花職人」の全国販売もあって、売上げは低く見積もっても74億円は確保でき、経常利益も7億円は確実との計画のもと、東証第2部市場への上場計画を進めてきました。然るに、5月から8月の墓地の販売低迷や、「花職人」が人気のわりに売れない為に、上期は12300万円の赤字を計上、通期では、売上げ予算61億円、経常利益3.5億円、配当予定を15円に下方修正し、東証上場も延期せざるを得なくなりました。株価も350円まで下落し、散々な1年でした。

 2支店・1営業課の閉鎖にも関わらず、9月からは前年同月比数%アップの予算以上の契約を上げ続けています。テロのあった9月は大幅な契約アップとなったことを鑑みるに、一体全体当社の営業力とは何ぞやとの疑問を強く抱きます。不採算支店の閉鎖等のリストラを行ったことにより、やっと危機感を持ってくれたからでしょうか。それとも販売組織の変更や支店長の交代によるものでしょうか。

 社員を14、5年前と比較して見ると、現在の40歳以下の人たちは本当の貧しさを知らないで育っています。40歳の人が生まれた昭和36年当時、私は大学2年生でしたが、日本はまだまだ貧乏で、自家用車を持つなど一部の金持ちであり、零細企業では持てませんでした。電話も全ての家庭には無く、東京から郷里の滋賀県にかけるのも、大家さんの電話を借りて、1時間以上待たないと繋がらなかった時代です。海外旅行は外貨不足で、外国へ遊びで行くなど許されない時代でした。私は生活に困ると、質草(担保)としてラジオ、腕時計、背広(学生で背広を持っているのは贅沢な部類)などを質屋へ持って行って数百円を都合したものです。(担保無しには簡単には貸してくれず、利息も実に月9%の高利でした。)当時、アパート(勿論風呂・トイレなどありません)が1畳1000円前後で、私は90センチ幅の流し台付き4.5畳(1人住まいの学生には贅沢な広さでした)で4500円払っていました。それでも経済成長率は10%以上を続けており、その前年、池田勇人総理大臣が10年以内に国民所得を倍にすると公約(所得倍増計画)したわけです。そんな馬鹿なと思うほど、まだまだ貧しかった時代で、池田総理の力強い公約に希望を抱いたものでした。

 その所得倍増計画が10年を経ずして達成した高度経済成長期は9%前後の成長率で、第1次石油ショックの昭和48年(1973年)まで続き、その後5%前後に落ちたとは言え、バブル崩壊の平成4年までの、今から思えば大成長期に生まれ育ったのが、今の20~30歳代の人たちです。物が溢れ、且つお金も黙って入ってくることが当たり前の時代に生まれ育った人たちは貧しさを知りません。所謂ハングリーに育っていませんから、更に豊かになるために自分自身がもっと頑張ろうと言う意欲に欠けるようです。

 更に偏差値が自分の能力の点数と決めてしまい、偏差値なりの生活に甘んじ、向上心を失っている人が多いように見受けます。偏差値は受験における能力値、それも記憶力さえ良ければ高くなるのであって、社会生活における能力ではありません。受験の為の偏差値がイコールビジネス社会の偏差値と錯覚していないでしょうか。どうやら偏差値が低いと諦めが先行し、自分の夢や希望さえも低くしてしまって、努力をしない人が多いように感じます。これからの時代は、新しい知識を付けるための勉強を続け、経験を積み、知恵を出さないと落伍者になり兼ねません。せめて1日1時間は活字を読む癖を付けて、社会の流れを的確に掴み、勝利者になる努力を怠ってはいけないと思います。

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