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社長通信

第172号 次代

2002年06月号

 今年も後僅かで折り返しに入ります。この社長通信も書き始めて172号目になりますから、なんと14年と4ヶ月。インターネットも無く、パソコンもまだ普及していないワープロの時代から始めたものですが、よくも続いたものです。

 3月決算に伴う全ての行事を終えるやいなや、上半期も半分が過ぎたわけですから、気の休まる暇も無いというのが実感です。

 先日、或る雑誌から「創業時代の思い出」についての取材があって、当時の会社の雰囲気が分かる写真をくれと言われたのですが、当時はカラー写真が流行し始めた頃で、プリントが名刺サイズで1枚90円の時代。今の感覚では500~1000円(?)ですから、アルバムを捜しても殆どありません。それでも長男の写真はいっぱいあったのですが、4年後に生まれた二男の写真はプリント価格が半分以下になっているのに、長男の半分以下の量。二男だからと手を抜いたと言うことではないと思うのですが、馴れなんですね。初物は何でももて囃されますが、旬になると興味を失うことが多いものです。かつおは今が旬のはずですが、世界中からの入荷によって1年中食べられるようになると、何時が旬なのか分からなくなってしまいます。

 プリントといえば、郵便で撮影済のカラーフイルムを全国から送ってもらい、現像・焼付けの後、また代金引換で郵送すると言う、DPEサービスを副業でしていたことがあります。そんな商売が成り立つほど、地方にはラボが無かった時代です。当社にプリント機械を置いていたわけではありませんので、郵便によるDPEの取次ぎ業です。ラボを作るにはかなりの資金が必要でしたから、現在の様にDPE店が何処にでもある時代ではなく、店頭で直ぐにプリントができるわけにはいかなかったのです。勿論、全国的にラボができるようになると需要がなくなり、2年ほどで止めましたが、DPEの通販は業界初ではなかったかと思います。

 先般の株主総会を以って取締役副社長に就任した渡辺正君は、私自らがヘッドハンテイングしてきた43歳の熱血漢です。彼は、元(?)日本火災から2年ほど前にタヤマ学校に移り、この2月より当社で顧問として活躍してもらっていました。高校は長野県立長野高校、大学は慶応義塾大学法学部。慶応ボーイらしからぬあの体躯ですから、大学に入ってから野球を始め、野球部で投手を務めましたが、プロになれなくて保険会社に入ったという経歴の持ち主。(同じ慶応ボーイで三菱商事から最近ローソンの社長になった新浪氏も同じく43歳。)これからの当社は、私はさしずめCEO(最高経営責任者)、渡辺副社長はCOO(最高執行責任者)として、役割分担をして再出発を図ります。

 前期は上半期決算で赤字を計上したため、10月より改革を始めましたが、なかなか変わらない、変えられない、変えたくないのが人間の本性と思います。今まで通りにすることが、馴れているから楽に決まっています。でもその馴れが高コスト体質になっていることに気付かないものです。構造改革とは一部を直すことではありません。全てをゼロにし、仕組みを作り直すことです。新しい仕組みの成否はやってみないと分かりません。また、痛みも伴います。しがらみがそれを許しませんが、断固やらなければなりません。何れ景気が良くなれば、利益なんてどんどん出るだろう、今は我慢して静かにしていようなんて考えていると、とんでもないことになることに気付かねばなりません。

 その点、渡辺副社長は、タヤマ学校での3泊4日のセミナーに参加した当社の社員の半数以上を知っていますから、それぞれの性格・能力に基づいた教育指導が出来ると確信しています。

 変革期にはボトムアップは通じません。強力なトップダウンで意思決定し、スピードを以ってビジネスを進めなければどんな企業も淘汰される時代です。還暦を過ぎてもまだまだ元気で隠居する気はありませんが、会社の継続とさらなる発展を俯瞰すると次代を託す人を決める必要があります。渡辺副社長は、リーダーとしての能力・識見・信念・情熱は誰にも負けないものを持っています。これからは、自転車に例えれば私が前輪、副社長が後輪となりニチリョクを運営します。声援と共にしっかり付いてきてください。 

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