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社長通信

第192号 志

2004年02月号

 「志(こころざし)」とは心の目指すところという意味ですが、分解すると士(もののふ、武士、男子)の心となります。

 現在、フリーターと呼ばれ、定職に就かずアルバイトで生計を立てている若者は200万人以上居るといわれます。彼らの志はといえば、組織に縛られず自由に生きる、アルバイトをしながらいずれは好きな仕事を見つけたい、とか言うようなものですが、大半の人の月収が15万円以下であることを考えると、彼らがこのまま定職につかずに中年を迎えたとき、いったいどうなってしまうのか、と危惧します。

 つらつら思うに、「志」は貧しき時代に育った人たちの専売特許でしょうか。 生まれた時から欲しい物は何でも手に入る時代に生まれた団塊ジュニア以降の世代にフリーターやパラサイトが多いのは、豊かさの性ではないかと思います。  志や夢、大きな目標を持つのは若者の特権ですが、中国を初めとする発展途上国の若者は、アルバイトをしながらも素晴しい夢を持って勉学にいそしんでいます。否、先進国でもアメリカやイギリスなどの若者も大きな夢を持っています。また彼らは国の未来に対しても大きな期待と信頼を抱いています。そして何よりも「社会に出たら何になりたい」という明確な目標を持って、そのための勉強をしているのです。

 私は小学校高学年の時、滋賀県から汽車ポッポに乗って、東京の神田神保町近くの伯父を訪ねたことがあります。途中で汽車が川崎にさしかかると、大きな工場の煙突から、煙がもくもくと天に昇っていくのが見えました。当時、小さな鉄工場を経営していた父が資金繰りに苦労している姿を毎日見ていた私は、自分が大人になったら父の会社をこのような大会社(その時代は大会社にしか資金が回らない時代でした)にして上場したいという夢を子供心にいだきました。鉄道中心の時代でしたから、工場に鉄道の引き込み線を引き日本中に製品を配送するという夢も持ちました。つまり大会社の社長になる夢や志は小学生時代から持っていたことになります。

 それから10余年後の昭和38年に大学を卒業するとすぐに、父の会社に専務として入社。翌年、会社は倒産しましたが、スポンサーを得て、3ヵ月後に再建。倒産を「イイ気味だ」と笑っていた連中の、余りにも早く元気になった寺村一族に対してのやっかみ。そんな田舎に嫌気がさして昭和41年、26歳の時、2歳の長男と妊娠中の家内を連れ、わずか50万円を懐に上京。これからの生活の不安よりも、むしろ広い東京で好きな事業が出来るという夢が強く、夫婦共々嬉々として新生活を始めた記憶がよみがえります。当時の私は、家族を食べさせる自信と責任感、そして気概に溢れていました。一方、家内は生活に対する不安を一切口にすることなく、子育ての合間に内職などで家計を助けてくれました。

 それからの13年間は10以上の業種転換をしましたが、自分に合った生涯事業を見つけるため、会社自体がいわば「フリーター」をしていたのですね。

 墓石の業界へ入って24年、葬儀は4年。所謂供養産業といわれる業種です。 この業界で成功するために、「いい商品やサービスをより安く提供し、社会に貢献する」というビジョンを掲げ、あえて同業と同じ手法をとることなく、墓石の工場組み立て、生花祭壇のシステム化、そして自動搬送式陵墓等々、絶えず新しいビジネスモデルを考案してきましたが、図らずも人々の共鳴を得ることができたわけです。最近では、本郷の堂内陵墓が新しい形のお墓としてすっかり市民権を得ました。堂内陵墓は総額70万円、交通至便、戒名無償、永代供養、斎場・寺院付が人気を呼んでいる理由と思われます。この販売ノウハウを確立するまで2年を要しましたが、今では第2・第3の堂内陵墓を開発できる自信がつきました。このお墓は石をちょっとしか使いませんので、石屋と言うよりお墓屋ですね。

  会社設立から38年。漸く私も社員もマルチな経験を積み、みんなが知恵を出せる会社になったと言うことです。今回、大幅な組織変更として執行役員制度を取り入れたのは、幹部社員に思う存分力を発揮してもらうためです。  

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