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社長通信

第217号 先生

2006年04月号

 昨年初頭より建設していた関内陵苑も今月末に完成し、4月29日にいよいよグランドオープンです。また、3月末からは名古屋で4番目の堂内陵墓の建設工事が始まります。完成間近の関内陵苑は、ガス灯による外壁の照明、プラネタリウムによる本堂天井の星空、IC化された参拝カード、自宅パソコンによるネット墓参システム、葬儀や法要へのネット参列システム、厨房を備えた客殿(中華の三宝閣)、そして、ロビーに設置されたパイプオルガンなど、既存の堂内陵墓を遥かに凌ぐ設備を備えています。
 
 当社は堂内陵墓の経営母体となる寺院に建設の協力をし、陵墓の販売代行をしていることはご承知の通りです。そのため、それぞれの堂内陵墓ごとに経営母体である寺院が異なるわけですが、何時も心掛けていることがあります。それは、お客様に「心の満足」をいただくことです。確かに、堂内陵墓の機能や価格はご満足いただけるように細心の注意をはらっていますが、「心からの満足」はお坊さんのお客様に対する姿勢如何なのです。お陰様で、これまでいいお坊さんに巡り会えて、お客様にほぼ満足いただいているのは有り難いことで、それが堂内陵墓の人気の秘密です。

 仏教界では僧の位によって衣の色が変わりますが、これは会社において社長、部長、課長などの役職ごとに背広の色を変えるようなものです。しかし、外見で色分けしないと上下が分からないようでは困ります。人間の生き方を教えるお坊さんなのですから、顔付で僧の位がわかるほどの勉強や修行をして欲しいものですが、仏教界は年功序列の社会ですから、それは望むべくもありません。キリスト教、仏教、イスラム教を問わず、宗教とは現世の矛盾を解くもの、所謂、改革・革新的であるべきですが、一千年、二千年の歴史を重ねるうちに、自己改革どころか、コンクリートのように固まった組織となり、自己保存本能だけが自己増殖し、イラクでは宗派間の勢力争いが昂じて信者を楯や兵士にした内戦となっています。

 我が国では、近年、社会的な混乱が多発していますが、この原因は、教師を始めとして、先生と呼ばれる人々の堕落だと思うのです。フリーターやニートの増加も、この数十年の学校教育に原因があると思います。学校の先生が、子供の教育に割く能力と時間は、そのわずか1/3に過ぎないと言います。大部分の能力と時間を組合と教育委員会の仕事に使っていては、然(さ)もありなんです。

政治家は、組織内での出世とお金儲けにばかり気を使い、世のため人のため、特に弱者のために働いている人がどれだけいるでしょうか。昔の政治家―20年位前の中曽根康弘までは目だけで威圧感がありましたが、今や二世、三世の世襲議員ばかりで、信念に裏づけされた迫力のある政治家はいなくなってしまいました。そんな政治家に惻隠の情―庶民の痛みを知れというほうがどだい無理な話です。

今年の正月に松下村塾で有名な山口県の萩市へ行ってきました。松下村塾は村に住むものならば誰でも学べる村立(そんりつ)の塾で、吉田松陰が実家の納屋を改造し8畳間の教室を作り、そこで自ら教鞭を執ったのです。江戸時代は日本中にこのような「村立の塾」があったそうですが、この松下村塾からは数多くの幕末のヒーローが輩出されました。高杉晋作、伊藤博文、桂小五郎(木戸孝允)、山形有朋などの錚々たる面々が机を並べて勉強していたそうですが、松陰先生が講義したのはわずか1年半です。彼は29歳の若さで江戸幕府によって処刑されましたが、彼の育てた弟子が明治維新と言う歴史の大転換を成し遂げたのです。

萩へ行くまでは松下村塾を立派な学校と想像していました。現物を見てどうしてこんなところから、こんなに多くの志士が生まれたのだろうと暫し呆然としたものです。彼らは短期間に吉田松陰という先生の「清廉さと志」に感銘を受け、それを吸収し、自らのバックボーンとすることによって、歴史的偉業を成し遂げたのではなかろうかと、粗末な松下村塾を見ながら、ぼんやり思ったものです。

どうやら、戦後60年を経て、物質的豊かさが、「先生」を始めとして、ほとんどの日本人をスポイルしてしまったようです。最近の日本の子供は、「夢と希望を実現するために何々の仕事をしたい」のではなく、「お金が儲かるから何々をしたい」と言います。先生やお坊さんなどの聖職者までもが、「お金があれば何でも手に入る」という資本主義の毒素に犯されている時代ですから、その教え子が影響をうけるのは当然の帰結です。今、国を立て直すには教育しかないのです。

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