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社長通信

第224号 経済制裁

2006年10月号

  安倍内閣が誕生して間もないという時期に、北朝鮮が核実験という、とんでもないことをやらかしました。私は今年の5月に北朝鮮のピョンヤンに行ってきましたが、国民は教育によるものなのか、将又恐怖政治によってか、表向き、金総書記を父親のように敬愛し、将軍様と崇め奉っているように見えました。ピョンヤンはエリートばかりの首都ですから、特別扱いなのかも知れません。
 
戦前、日本にも特別高等警察(通称、特高警察)と言う組織があって、治安維持法の名の下に、反体制思想を徹底的に弾圧していました。新聞等のマスコミも言論統制の法律や軍部からの厳しい検閲によって、体制に批判的な記事や反戦的なものは書くことが出来ず、紙面には軍部のちょうちん記事ばかり。しかし、当時は、日中戦争(当時の日本政府は宣戦布告を行わなかったことを理由に「支那事変」と称しました)勃発以来、相次ぐ戦勝に国民は歓喜し、軍部批判などをすれば、新聞や雑誌が売れなくなってしまうため、マスコミ各社も軍部の応援団となって戦争を煽っていたのが実情です。

日中戦争勃発当初、日中の話し合いの過程で、中国側が「日本に対する最小限度の要求」として「主権を侵す解決策は絶対に拒否する」と独立国として当然の要求をしてきたのに対し、A新聞の社説には、「支那の挑発的回答」は「あたかも宣戦布告」だとし、「その調子のあまりに挑戦的であって、必要以上に興奮状態に陥っているといわねばならぬ。かくては平和破壊の責任は当然支那が負うべきであらう」「救うべからざる最後通牒に向かって自らを追い込むことになるであろう」とあり、戦争を煽る論調でした。「左寄り」と見なされていたA新聞までもが、「シナを懲らしめよ」の論陣を張れば、たいていの日本人が「生意気なシナをやっつけろ」となって当然です。新聞が売れなくては新聞社も成り立ちませんから、一流新聞でさえも、この様に世論に迎合するような論陣を張り、その潮流をさらに増幅してしまうのです。このことから、当時の国民の愛国の情や、天皇に対する敬慕の情を逆手にとって、日本を泥沼の戦争へと引きずり込んだのは、軍部や政府だけではなく、マスコミにも、その影響力ゆえに幾ばくかの責任があったように思います。
 
今回、日本政府は、核実験を行ったという北朝鮮に対し、北朝鮮産品の輸入禁止、北朝鮮国籍の人の入国禁止、船舶の入港禁止などの制裁措置を行いました。しかし、それは、太平洋戦争へ突入する前夜の日本を巡る状況とあまりにも似ていないでしょうか。

戦前の日本は、日中戦争が長期化するなかで、当時、フランスの植民地であった南ベトナム進駐を強行しました。すると、英・米・仏は、日本に対抗するために、在外日本資産の凍結と石油の対日全面禁輸を実施したのです。ここに至って、この三国と日本との関係は決定的に悪化し、ついには、アメリカへの無謀な宣戦布告以外には、出口を見いだすことができなくなってしまったのです。しかしながら、喧嘩も戦争も先に手を出したほうが負けであることは、世の常識です。

私も北朝鮮を制裁することには賛成ですが、息の根を止めるほどの制裁は、日米開戦前夜のような事態となり、金正日がやけくそになってミサイルを日本に撃ち込まないとも限りません。また、体制崩壊が確実になれば、ミサイル飛来も覚悟しなければならないでしょう。その上、北朝鮮の人々が、当時の日本人がいだいていた「打倒鬼畜米英」と同じように、「打倒××日本」と言う心境にならなければ良いがと危惧します。

改めて考えるに、戦前における日本の植民地化と朝鮮人の日本人化は彼らにとってどれほどの屈辱であったか。異民族に支配されたことのない日本人には、決して理解できないことでしょう。特に漢民族や朝鮮民族は誇り高い民族ですから、同じ顔付をした日本人に支配されることは、屈辱以外の何ものでもなかったのだと思います。台湾は日本統治に感謝していると言いますが、終戦までは高砂族の国だったのです。

最近は離婚ばやりですが、関係が近ければ近いだけ、それが破綻した時は始末が悪いのは、何も夫婦関係だけではないようです。

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