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社長通信

第230号 運命

2007年04月号

 人間を67年もやっていると色々な経験をします。自分が望んでいないことで、結果として幸運だったことも少なくありません。

 その第一は、大学卒業後入社した父親が社長の会社(バルブメーカー)が、翌年の12月に倒産したことです。
郷里の彦根は、日本有数のバルブの生産地でしたが、現在では発展途上国にそのシェアを奪われ、ほとんどのメーカーが潰れました。もしあの時倒産していなければ、中年になって倒産の憂き目に遭っていたと思います。
26歳の時に、バルブとは縁を切って、親子3人で上京して、自分の好きな仕事が出来るようになったのですから、結果として幸運だったと言わざるを得ません。

 第二の幸運は、27年前、石材の輸入商社をしていた時、当社のメイン銀行に新支店長が着任したことです。
彼は支店長職に昇格したばかりで、とても張り切っていました。彼は威張りたかったのか威厳を見せたかったのか、私との初めての面談のとき、私のプライドを著しく傷つけることを言いました。私は、「そんな風に私や会社を見ていたのですか。それならば、今後の取引は結構です。」と啖呵を切ってしまいました。
幸運にも他行が借入金の肩代わりしてくれたので、言葉通り取引を止めました。
ところが貿易の信用状発行枠が小さくなって、商社を続けられなくなり、思いきって墓石小売業に業転したのでした。扱う商品は同じで、卸から小売りに転じただけですが、お客様は石材店から消費者に大転換ですから、顧客ゼロからのスタートです。
しかし、業転したお陰で、17年後にジャスダック証券市場(当時は店頭市場)へ墓石業界初の上場を果たすことが出来たのですから、今思えば、商社を止めるフンギリを付けてくれた当時の新米支店長に感謝しなければなりません。 

 第三の幸運は、8年前に堂内陵墓に巡り会ったことです。
そもそものきっかけは、興安寺渡辺住職から、お寺をビルにしてその中に数千のお墓タイプの納骨堂を作りたいという計画を打ち明けられたことです。
渡辺住職には、それ以前から霊園開発でお世話になっていたのですが、当社は石材店ですから墓石のいらないお墓は利益が薄いし、20億円以上の投資はリスクが大き過ぎると判断して、断りました。
 ところが、お寺が、一つのビルを前後の二つ(2期)に分けて、全体の約1/3に相当する前部の第1期建築工事に着手してしまったのです。当社は、仕方なく販売のお手伝いすることになったのですが、はじめは全く新しいタイプのお墓であったため、消費者に受け入れられず、宣伝費相当の売り上げしかありませんでした。ただ、当時は、外墓地の販売が順調でしたから、損を覚悟で兎にも角にも第1期分だけは売ってしまおうと続けたのです。
ところが売り始めてから2年が経とうとする頃から売れ始め、ついには当社の方から積極的に第2期計画を推進するに至ったのです。

 今では、堂内陵墓は当社成長の重要な戦略商品となり、本郷陵苑、かごしま陵苑、関内陵苑に続き、1月から4番目の堂内陵墓の建設が始まりました。
渡辺住職との出会いが無ければ、堂内陵墓のノウハウを蓄積することは出来なかったし、石をほとんど使わないお墓など、元々考えもしなかったでしょう。

 この様に運は絶えず巡ってきます。活動していないと巡ってこないのも運です。果報は寝て待てといいますが、寝ていては運はやってきません。また、運は、それが良い運か、悪い運か分からないものです。
しかしながら、運が運を呼ぶと言うように、自分は運が良いと信じている人の周りには、不思議と運の良い人が集まり、彼らが幸運までも運んでくれます。

 私の人生を振り返って見ると、運と健康に恵まれていると思います。また、戦前に生まれたのも幸運でした。
戦争の記憶は、B29が飛んできたり、祖父と防空壕を造った以外はほとんどありません。ひもじい思いをしたのも終戦後2、3年間だけでした。それでも小遣いは無きに等しい時代ですから、小学校3年から山羊を飼ってその乳を売ったりしましたし、5年生になると、4.5畳くらいの鳥小屋を自分で作り、鶏を20羽くらい飼ってその卵を売って小遣いを作りました。
これは自立とお金の大切さを学ぶいい経験でした。こうした経験は、豊かな時代に生れた現代っ子には望むべくもありません。

 大学では、誕生したばかりの早稲田精神昂揚会に入会しました。その創立者は、同郷の川口尚克氏で、私の人生に多大な影響を与えてくれた偉大な先輩です。
同会では一年生の時から、早稲田広報の発刊や、音楽会、講演会など早稲田精神の昂揚のためのイベントを何度行ったか分かりません。
私は、企画・出演交渉・広告宣伝・開催実施などを夢中で行いました。授業は数え切れないほどサボりましたが、会活動を通じて得た先輩や友人との出会いと、イベント開催を主体的に経験できたことは幸運でした。
この会は、生まれて間もない会でしたから、全員が新人です。だからこそ、一年生と言えども活躍できたのです。こうした無から有を生み出す経験が、社会に出てから大いに役立ったのは言うまでもありません。

 若ければ若いほど失敗を恐れずチャレンジしてください。チャレンジしなければ幸運は巡ってきません。

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