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社長通信

第246号 記憶力

2008年08月号

 私の大学の先輩Aさんは、東京大学の合格者を毎年100人ほど輩出している麻布高校を50数年前に卒業しています。そのAさんは、高校生時代に、級友B君から、「A君どうしてノートなんか取るの。先生の言ったこと覚えないの」と、馬鹿にされたことがあるそうです。あの時代の国立大学の受験科目は6科目以上あったように記憶していますが、B君はストレートで東大に合格したとのことです。さらに、驚くべきことに、B君は家に帰っても余り勉強しなかったと言います。
 このように、世の中には耳に入ったことを全部記憶してしまう天才がいるのです。2008年度の東大合格者3,100人の内、現役が2,010人ですので、3人に2人が現役合格になります。彼らはいわば「記憶の天才」と言えます。 こうした天才は、記憶する為に反復する必要も無いようで、私のように記憶の苦手な男から見ると嘘のようです。

 ところで、記憶力に関して、進学校で有名な鎌倉の栄光学園の教師をしていた方が興味深い方程式を導き出しています。 つまり、人間は誰でも〔記憶力+想像力=10〕だと言うのです。それによると、記憶力が限りなく10に近い生徒は、想像力が限りなくゼロになり、記憶力が2とか3しかない場合、想像力は8とか7となるのです。
 では、何故この方がこの方程式を導き出したかと言うと、栄光学園の東大の現役合格者は、毎年数十人いるそうですが、彼は、彼らが30歳になった頃にどのような人生を送っているかを追跡調査してみました。すると高校時代の「記憶の天才」は何処へやら、殆どが「ただの人」になっていて、逆に記憶力の悪い生徒が、社会では活躍していることが多かったそうなのです。
 社会には答えの決まっている問題は何一つありません。つまり、社会で必要とされる能力は、答えの決まっていない問題をどのように解決するかなのです。答えの無い問題の解決には想像力、洞察力、先見力、予見力が必要とされます。天才にはこれが欠けていることが多いのです。対して、記憶力が悪くても、想像力のある人は、興味のあることに対する記憶力は天才並みだそうです。
 
 ここで、国政に目を転じてみれば、この国の役人たちは、難しい公務員試験をくぐり抜けた「頭のいい」、謂わば「記憶の天才」ばかりではないでしょうか。その「頭のいい」人たちがこともあろうに、財政再建と言えば増税しか頭にないし、社会保険庁の人たちは、国民の掛けた年金を自分達の財産のように扱い、記録をいい加減にして訳が分からないようにしてしまいました。
 所謂、頭が切れる人間なら、増税の前にしなければならないこと、即ち、行政改革・財政改革があり、無駄を排除することから始めなければならないこと位わかりそうなものです。
 しかしながら、社会保険や医療保険も、保険料を上げることやサービスの切り下げしか考えつかないらしく、
自分たちの無駄使いは棚上げしたままです。頭が切れる人間ならば結果を予見して行動するものです。頭の良い筈の今の官僚は、自分のこと、自省のことしか頭に無く、国家国民のことなど全く意に返さない「公僕」ばかりが多くなった気がします。 
 私の父親の時代は、役人のことを「お上」と称していましたが、彼らは少なくとも公僕と云われても恥ずかしくない矜持があったように思います。日本は、政治は三流でも官僚が一流と云われた時代があったればこそ、敗戦の焼け野原からたったの19年で東京オリンピックを開催できたのです。
 ところが今、これからの日本を具体的にどんな国にしたいのかを、政治家、特に総理大臣が国民に示していません。これでは国民は国家を信用出来ないばかりか、国の将来に不安を抱かずにはいられませんから、自分の夢や将来像が描けるはずがありません。
 年金を納付する人が3人に2人しかいないということは、国家が信用されていない最たる証拠です。年金記録さえいい加減な扱いをする国家を信用せよというのが無理な話です。

 我々民間企業では、お客様からお預かりしたお金が、例え10円でも記録から消えれば、大変な問題です。はたして、小泉内閣が誕生したとき、国民の多くが、行政改革や財政改革が進み、もやもやっとした不透明な日本の未来に風穴を開けてくれると期待しました。ところが、弱者や低所得者に自己責任の原則だけを押し付る中途半端な改革に終わり、彼らを更に追い詰めるだけの悲しい結果に終わってしまった
ことは忘れようがありません。いったいこの国はどのような方向に進もうとしているのでしょうか。

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