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社長通信

第251号 近江商人

2009年01月号

 「買い手良し、世間良し、売り手良し」の三方良しは、我がふるさと滋賀県(近江国)の商人道です。
 「買い手良し」とは、お客様の欲する良い品物を安く提供して、喜んでいただくことですが、これは商売として当然のことです。
 次に、「世間良し」とは世の為になることで、地域間の需給のバランスを取ることを意味します。 
 古来、近江商人の商売の対象地域は、遠隔地であることが多かったのですが、彼らは、彼の地にない商品を別の地から持ち込み、その地で産出される産物をニーズのある地に運搬し売買することによって、彼の地の産業を振興し人々の生活の向上に寄与してきました。
 実際、江戸時代の近江商人は、北は北海道から、南はベトナムまで商品を運び、そこに支店を開設し、本店のある近江から番頭や手代、丁稚を連れて行き、そこに根付いて、リトル近江を形成していきました。
 移動が難しい藩政時代に、彼らは藩に無いビジネスを新興したので、どの藩も近江商人ウエルカムで、比較的簡単に通行手形(パスポート)を入手できたようです。
 また、江戸時代の初期にベトナムへ渡った近江商人は、再度帰国しようとしたところ、日本が鎖国になっていたため、泣く泣くベトナムに戻り、二度と故郷の土を踏むことができなかったと言います。このような近江商人の開拓者精神は、その後の伊藤忠商事、丸紅、ニチメンなどの商社に受け継がれていきました。
 
 最後の「売り手良し」とは、こうした苦労や努力の結果として、売り手も利益を得させていただくという意味なのです。これらが「三方良し」の精神ですが、布団で有名な西川の初代も近江の人で、彼は「人として正しい道徳を第一にすれば、商売は繁昌するものであり、財を大切にするならば、その財産に応じた人徳を磨かねばならない」との家訓を残しています。
 このような崇高な精神の他に、近江商人は勤勉と倹約を二大徳目としていました。近江では倹約のことを「しまつする」と言いますが、伝統的に贅沢や無駄使いが戒められてきました。 そして、それを実践すれば、当然のことながらお金が貯まります。宵越しの金を持たない江戸っ子にとって、金持ちの近江商人は癪の種だったと見えて、「近江泥棒・伊勢乞食」などと揶揄されたものです。
 
 その「しまつ」は、私も子供の頃に親からよくいわれましたが、「けち」のことではありません。近江商人は不況時には村人の仕事を作るべく、自宅の普請、橋や道路の普請、或いは寺社仏閣等の造営資金を拠出して、使うべきところには思いっきりお金を使ったと言われています。所謂、個人が寄付をして公共工事を実施したのです。
 こうした巨額の財産を社会事業に寄付すること――「陰徳を積む」精神は近江商人の家訓に広く伝わっているのです。
 
 一方、巨万の富を築いた「アメリカのビジネスマン」はどうだったでしょうか。
 昨年9月に破綻したアメリカの投資銀行リ-マンブラザーズのCEOは8年間で300億円の収入を得ていたそうです。証券が値上がりしている時には、ぼろ儲けを山分けし、値下がりした途端、会社は破綻してしまったのです。
 いずれにしても、リーマンに限らず、アメリカの会社は、企業は株主のものと言いながら、例えばリーマンと同じ或る投資銀行(証券会社)は、3年ほど前の社員の平均賞与が実に7200万円だったと言います。
 そして、金融危機が始まるやいなや、公的資金が投入可能な商業銀行に変身して、取り敢えず潰れない企業になってしまったのです。これら投資銀行はレバレッジ(てこ)を効かせて、手持ち資金の何十倍もの売買をして、一方は何十兆円も損をして破綻し、片や何十兆円も儲けたのです。ところが儲けた金をほとんど内部留保に廻さず、株主に配当した後は役員・社員で山分けをしてしまったと言うのですから、マネーゲームを通り越して、「博打が事業」と言われても仕方がありません。我が近江商人は、こうした投機や、買占め、売り惜しみを一番戒めています。

 一企業に過ぎないリーマンの破綻から始まった金融危機は、世界中の経済を未曾有の混乱に導き、信用収縮に向かわせています。アメリカは、単なるローカルな“地域”に留まらず、何かにつけて世界一の国なのですから、そこで起こったことは、短期間に地球の隅々まで大きな影響を与えてしまうのです。
 このように世界を混乱に陥れたアメリカの投資銀行のCEOに果たして人徳があったかどうか……。狩猟民族の末裔であるアメリカ人(白人)のことですから、多分、「三方良し」の精神なぞ、ありもしないと思うのですが、あなたはどう思いますか。

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