トップページ社長通信第257号 お寺さん

社長通信

第257号 お寺さん

2009年07月号

 宗教法人は財団法人や社団法人などの公益法人と同じように、非営利団体として非課税となっています。その理由は、これらの法人は社会のお役に立つ事業を行う義務があり、課税はふさわしくないという論理から税金が免除されているのです。
ただし、お寺さんの行う事業で、非課税となるのは葬儀や法事、宗教行事などの布施収入や、寺院の護持会費に限られ、駐車場やマンション経営等の事業は課税対象となります。お布施は、すべてお坊さんの懐に入るものと誤解している人がいますが、実際は、いったん寺院に入金され、お坊さんは、その中の一部を給料として受け取る形になっています。
 
 お寺の収入の大きな部分を占めるのが、戒名(浄土真宗は法名、日蓮宗は法号)を授与した時に受け取る布施(戒名料)です。戒名とは、仏教に帰依し(仏教徒になり)、仏教の戒めを生活の基本とすることを自覚した者にのみ与えられる名前のことです。それをお坊さんから授かることを「授戒」と言います。
この「戒」とは、出家者・在家者の守るべき規則を意味し、その中でも、在家者の守らなければならない規則は、(1)殺生をしてはならない、(2)盗みをしてはならない、(3)不倫をしてはならない、(4)うそをついてはならない、(5)酒を飲んではならない、の「五戒」です。我々がこれら全ての「戒」を守ることはほぼ不可能ですが、現代にあっては、戒名を授与するお坊さんでさえ、「戒」は勿論のこと、「律」として仏法に定める規律を守って生きることは、大変困難な時代であると言わざるを得ません。
 そのような時代の流れの中で、多くのお坊さんが戒名の意味を説かなくなってきために、戦後教育で育った人たちからは、「授戒」という習慣が失せつつあります。
 
 いずれにしても、当社が寺院と共同開発した霊園や納骨堂では、原則として1~3ヶ月に1回の割合で法話会を開催し、授戒希望者はお坊さんと面談し、戒名を授かります。戒名を授かることは葬儀の時の導師を決めることと同じであり、葬儀には戒名に相応しい布施をします。

 最近のお客様は、霊園や納骨堂を買われるにあたって、ほとんど宗派にこだわりません。従って、旧仏教8つの宗派から自分の好きなお坊さんを選ぶわけですが、人気のあるお坊さんは、概して含蓄のある法話を、分かり易く話すことが上手です。こうした法話をする絶好の機会は、葬儀の時と思うのですが、読経だけで終わってしまうお坊さんが多いのは残念です。
 
 葬儀の布施(戒名料を含む)についても、お寺さんと庶民の間で希望金額に大きな隔たりが見られます。お坊さんは、「布施はお気持ちで結構です」と云いながら、実際には希望最低額があるわけで、業者はその金額を上手く喪家に伝えなければなりません。お寺さん側から言えば、喪家は普段のお付き合いが無いのだから、お寺の護持をしていない。従って、纏めて護持費を戴くので檀家より高くなるのだ、という理屈です。
しかし、お寺の会計(収支)をオープンにしないで、お寺の護持云々と言われても、普段からのお付き合いのない庶民は納得しません。人々をお寺に引き付けるためには、納得が必要なのです。お寺の論理だけが先行すると、庶民の寺離れが止まることはありません。
 
 また、昨今の寺離れの根底には、一部の心無いお坊さんに対する不信が見られます。
 人の一生には様々な困難が横たわっていますが、かつては、それらの問題を解決してくれるのがお坊さんでした。戦前は、殆どの人が義務教育しか受けていなかったこともあり、政治家、学校の先生、そしてお坊さんは学問のある偉い人として尊敬されていました。ところが、戦後、庶民が高学歴化して、知識や知恵で「先生」といわれる人たちよりも優れた人も出てくるようになりました。
 そのため、近年では、政治家ならば庶民の幸せを願い続け、学校の先生ならば子供の成長を考え続け、お坊さんならば仏道修行に励み続けるなど、庶民のできないことをし続ける人しか尊敬されません。つまり、先生と云われる「地位」そのものが偉いのではなく、一生懸命、他人のために努力し続ける、その姿が偉いのであり尊敬されるのです。
 
 当社はお寺さんに協力して霊園や納骨堂を作っています。そして毎年無宗教と称する数千人の方々と、お寺さんとの縁結びをさせていただいています。
 お寺さんはお墓の経営者として仏教の布教、当社はお寺のサポーターとして墓地使用者の利便を第一に、使用者・寺院・当社の三方良しになる管理をすることによって、寺院興隆のお役に立てばと願っています。

会社情報
お問い合わせは、フリーダイヤル0120-300-100 資料請求・お問い合わせ
ページの先頭へ