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社長通信

第268号 総理大臣

2010年06月号

 「友愛」の鳩山前総理が辞職し、菅さんが新総理になりました。
 鳩山前総理が、「友愛」をキャッチフレーズに組閣した時、正直、大丈夫かいなと思いました。なぜならば、友愛だけで庶民の生活が良くなるとは到底思えなかったからです。これは、お坊ちゃま総理には相応しいキャッチフレーズですが、所詮、友愛だけで国民がついてくる訳が無く、民主党代表になれたのは、母親からの援助のお蔭と憶測せざるを得ません。
 彼は豊富な資金によって民主党代表に担がれたと思いますが、彼の清新さ・純粋さが民主党のイメージと重なって、民主党ブームを巻き起こし、政権獲得に繋がったのだと思います。
 
 私は大学1年生のとき、音羽の鳩山邸から1キロメートルほど離れた江戸川橋のアパートに住んでいました。或る時、4年生の先輩から鳩山一郎元総理に会いに行くから、一緒に来ないかと誘われ、同道したことを覚えています。坂を上りきったところに、これまでの人生で見たことも無い大豪邸が建っていました。
 無謀にもアポ無しだったにもかかわらず、なんとか玄関までたどり着くことができましたが、元総理は不在で、会うことはできませんでした。仕方なく、庭でボール遊びをしている2人の小学生らしき子供を眺めて帰ったことを覚えています。
 
 今から50年以上も昔のことですから、当時、庶民の子供たちは着たきりスズメであったと思います。そんな時代に、その子供たちはお坊ちゃま然としたきれいな洋服を着ていたのですから、多分、鳩山由紀夫と邦夫の兄弟だったのだろうと思います。 田舎から出てきて、数ヶ月しか経っていない、いなかっぺ学生の私にとっては、元総理のお孫さんを目の前にしただけのことでしたが、何とも言えない感動を覚えたことを覚えています。
 この様に、生まれた時から金と名声に恵まれていた由紀夫総理は、御神輿に担がれてなった神輿型リーダーと言えないでしょうか。
 
 彼には、気の強さとか強引さ、そして、権力志向とかは微塵も感じられません。むろん、独断専行のリーダーでもありません。米海兵隊の辺野古移転の件も、彼は大した思索も無く、多分周りから耳打ちされて、「腹案がある」「5月中に移転先を決める」などと、馬鹿なことをいったのだと思います。お坊ちゃまだから、カリスマ性が無い分、ずるさも無いといえます。
 
 所詮、海千山千の政界は、自民党を離脱した弟の邦夫代議士ともども水の合わない世界だったようで、代々政治家だったからその「家業」を継いだようにしか見えません。
 彼らの対極にあるのが、みんなをぐいぐい引っ張っていく、牽引型の総理が今度の菅直人です。
10数年も昔の話ですが、菅さんはハンセン病(癩病)で、隔離病棟に収容されている人と一緒に、風呂に入ったと言うことを聞いたことがあります。総理になりたい意思は若いころからあったようですが、ただの権力志向ではなく、彼には弱者を救いたいという強い意志を感じます。
 
 菅さんは、11年ほど前には総理にしたい男No.1でしたが、当時、不倫疑惑で週刊誌を賑わしたことがあります。元々、金帰火来(金曜日夜に選挙区に帰り支持者を廻り、火曜日朝に上京する。)の政治家は、その行動力から考えても体力・精力が飛びぬけて強い人が多いと思います。昔の政治家は、下半身ネタでマスコミから追求されることはなく、政治力さえあればそれでよかったとも言えます。
 自民党結党の立役者の一人であった三木武吉は、演説会で対立候補から、三木候補は妾を4人も囲っていると攻撃されたことがあります。ところが、彼は、「今の言葉には重大な間違いがある。名誉のために申し上げれば4人ではなく5人であります。彼女たちは身寄りが無く、見捨てるような不人情なことは出来ません。」と切り返したといいます。
 
 ところがいつのころからか政治家は清廉潔白で、しかもタレント的人気がないと務められなくなりました。菅さん人気と鳩山総理と小沢幹事長の辞任で、民主党支持率は大幅にアップしましたが、菅さんには二度と失脚してほしくないものです。
 野党もマスコミも自分たちの行状を棚に上げて、与党政治家のあら捜しに血道をあげるのは、庶民の政治やマスコミ離れを加速するだけではないでしょうか。庶民から見ると、「目くそが、お前は汚いといって鼻くそを笑っている(目糞鼻糞)」レベルにしか見えません。

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