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社長通信

第278号 家族葬

2011年05月号

 最近、「家族葬」という言葉をよく耳にします。
 葬儀も告別式も同じような意味だと、一般的には勘違いされています。葬儀は「葬送儀礼」の略です。ここではご遺体への対応(現代では火葬)と、故人の魂への対応がなされます。魂への対応は、日本では9割近くが主に仏教による宗教儀礼(鎮魂)で営まれています。 それに対して、告別式は「儀礼」ではなく、故人や遺族との社会的な関係性の中で施行される『式典』なのです。そのため、告別式は本来、宗教的なものではなく、家族・親族のみならず、むしろ職場や個人的な友人・知人なども含めた故人と関わりのあった人々に向けて行われるものなのです。
 したがって、葬儀と告別式は、その『目的』が全く異なるにもかかわらず、通夜も葬儀も、それぞれ1時間以内という制約(多分に慣例)からか、故人の魂に対する読経が行われている「葬儀」中に、参列者が焼香をしながら故人との「告別」をするということが、同時進行で行われているのが実情です。
 
 さて、去る1月に、大学サークルの64歳になる後輩が癌で亡くなりました。彼は、息をするのも苦しい中、家族への感謝と、”葬式は家族葬でやってくれ”という言葉をしたためた遺書を残しました。ご家族は、これにしたがって、彼の葬儀を大阪の実家で家族と親族だけで営まれたようです。既に大手新聞社をリタイアしているとは言え、支局長や部長を務めた、やり手で人望の厚かった男であったため、後日、誰言うとも無く、大阪では高校の同輩を中心に、東京では大学の同輩を中心に、それぞれ集まって「偲ぶ会」が開催されました。
 もし、彼のお葬式がこれまでのような慣例的な一般葬で執り行われていたならば、広い斎場には白木か生花の祭壇が飾られ、現役時代の社会的地位から考えて、数百人の会葬者があったと思われます。けれどもこれほど大きな規模だと、葬儀社主導で坦々と進行する儀式としてのお葬式にならざるを得ません。
 私は東京におけるレストランでの偲ぶ会に参列しましたが、気のおけない親友・先輩・後輩が集まっての偲ぶ会は、故人との関わりや思い出を語り、タイトル通りの「偲ぶ会」でした。
 ”家族葬でやってくれ”と言い残した故人の本心は何だったのでしょうか。
 
 今では、「家族葬」と言う言葉が独り歩きして、これを簡略なお葬式と誤解している人が多いのですが、本来、お葬式は故人に対する家族の想いが最も大切にされなければなりません。従来の慣例的なお葬式に参列して思うことは、会葬者が多ければ多いほど、遺族は会葬者に対する応対や答礼などに気を遣わねばならず、到底、懇ろなお別れの時間を持てないことです。
 彼ほどの男が亡くなった場合、身近な家族だけでの葬儀で済むはずはありません。社会的な関係に対しても応分の配慮が必要となります。これがなければ故人としての義理を欠くことにもなりかねません。
 
 人間はこの世に生まれて以来、色々な人たちとの関わりの中で生きてきました。誰もが支え、支えられてきた筈です。そのため、人の死は決して個人的なものではなく、社会の中での公の事としての側面も持っているのです。したがって、多くの場合、故人とゆっくりとお別れをしたいが、家族葬では済みそうにない、というのが実情です。大勢の人にお別れの挨拶をしなければならないような立場の故人や喪主の場合、近親者での「密葬」を営み、その後ホテルやレストランなどで偲ぶ会・お別れ会を催すケースが増えてきています。単なる家族葬と異なる点は、密葬の後に、「本葬」としての偲ぶ会・お別れ会を「告別式」として行うことです。密葬と偲ぶ会はそれでワンセット、という考え方は現代的でスマートなお葬式の形のひとつです。
 
 一般的な葬儀を生花祭壇で行う愛彩花葬、ご親族だけで故人の懇ろなお見送りをするラステル葬、20人程度なら全員が仮眠もできるセレハウス葬、葬儀を昼間行い、夕方から告別式(お別れ会)を行うワンデーセレモニー(ワンセレ)など、我が社では、故人やご遺族のお気持ちに沿ったお別れの形をいろいろとご用意し、それができる施設の建設を進めています。儀式だけに流れず、懇ろなお別れができるお葬式を百万円以内で・・・。これが、当社の葬儀コンセプトです。
 
 ところで、先日前期の決算発表をしましたが、商品の端境(はざかい)期とも重なったため、売り上げが2割減となり、わずか5千万円強の純利益に終わりました。今期も震災の影響もあって大きな成長は見込めませんが、現在、新規堂内陵墓や霊園の販売代理契約の締結、ラステルやセレハウスの家族葬用斎場の建設などを進めていますので、来期には収穫が可能となり、成長路線に乗ることと思います。

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