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社長通信

第280号 「贅沢は敵」

2011年07月号

 我が国が太平洋戦争に突入していった1941年から終戦の1945年までの戦中の標語は「贅沢は敵」でした。終戦時、私は5歳でしたが、贅沢どころか、芋のつるなどの具しか入っていない雑炊が主食でした。それでも、幼すぎる年齢だったので、親の庇護の元、お腹をすかすことはなかったように思います。親は食べ物を得るために、死にもの狂いで働いたに違いありません。

 あれから65年。スーパーにはさまざまな物が溢れ、国民は贅沢三昧の日々を送っていたところに、東日本大震災が襲ってきました。地震、津波、放射能によって、財産・家族・親戚・友人など、多くのものを無くした人も少なくありません。津波で家を無くした人たちは、故郷を無くした訳ではないので、まだ救われます。気の毒なのは、何時収束するかわからない福島第一原発の為に、避難させられている人々です。原発から放出される放射能を封じ込めない限り、故郷へ戻ることはできません。
 こんな国難の時に、自分の保身しか考えない総理大臣を頂く日本は、二重の国難に遭遇している気がします。1億2,800万人(2010年国勢調査速報値)の生命財産をお任せするには、余りにも軽すぎる総理。戦後続いた経済成長に浮かれ、日本のトップは誰がなっても同じ、誰でも務まると油断していた時に襲ってきた国難です。終戦時にも似たこの時に、日本をリードできる人材が一人もいないとは嘆かわしい限りです。総理は誰がなっても同じだから、誰でもよいという油断が、この国難に対処できる人材を育成してこなかったということです。この難局に、市民運動しか経験のない男に国の舵取りを任せなければならないのは、日本人の不幸としか思われません。
 
 ところで、故郷という言葉には、田舎という語感があります。私は東京に住んで50年近く経ちますが、もし、今住んでいる練馬から避難しなければならない事態になったとしても、そこから離れることにそれほどの郷愁を感じません。故郷=古里=生まれたところ故に郷愁があるのであって、成人して移り住んだ所に、故郷意識は生まれないものです。かと言って、生まれ故郷の滋賀県に郷愁があるかと言えば、すでに両親も他界しているので、兄弟がいても郷愁をあまり感じません。血を分けた兄弟であっても、50年の時空は兄弟を他人へと誘うもので、逆に赤の他人であった妻に、兄弟以上の親しさを感じるようになりました。ただ、夫婦は愛情によってカップルになったものであって、所詮他人同士が同居している訳ですから、お互いが「元は他人」という意識を持っていないと、ちょっとしたいざこざで二人の関係は簡単に壊れることになります。
 このいざこざの原因となるのが、夫婦の価値観ではないでしょうか。ケチな夫と、ゼイタクで見栄っ張りな妻の組み合わせは長持ちしない気がします。
 滋賀県には「始末する」という言葉があります。これは、日々倹約し、無駄使いを戒め、お金を貯めよと言う教えです。決してケチを勧めているわけではなく、使うべきところにはドンと使えるように奢侈(贅沢)を戒めた教えなのです。
 関西には「儲かりまっか」「ぼちぼちでんな」という挨拶があります。“ぼちぼち”の前置きには、「お蔭さんで」という言葉が隠されています。「皆さんのお陰で儲けさせてもらっています」という訳です。この「お陰さま」を夫婦の間でも忘れないでいれば、夫婦関係が壊れることはないと思います。夫婦の間で、「お陰様」とか「有難う」は言いづらいものですが、言葉に出さなくともその気持ちを持ち続けることによって、以心伝心で気持ちが伝わるのが、年季の入った夫婦というものでしょう。
 
 震災後、政府主導で節電が全国に呼びかけられましたが、電力使用のピーク時に15%の節電をすれば良いはずなのに、庶民は全ての時間帯の節電をするようになりました。レストランの室内も、節電のせいでオープンしているのか、していないのか分らないほど暗くなってしまいました。ネオンが消えた歌舞伎町ではお客がいなくなって、閉店を余儀なくされる飲み屋さんが続出しているそうです。明かりが少し消えただけで消費がすっかり落ち込んで、景気がどんどん悪くなっていく気がします。
 人々の気持ちがウキウキするのは世の中が明るいからです。物資の供給過多の現代では、「贅沢は敵」ではなく、「倹約は敵」をスローガンにしなければなりません。
 夜は明るくして、個人消費を喚起する政策は如何なものでしょうか。

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