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社長通信

第295号 反日

2012年10月号

 今から34〜5年前に、愛国者として自他共に許す友人Aなど数人で、韓国に行った時のことです。韓国の料亭で働く芸者をキーセン(妓生)と言いますが、Aは竹島について、その彼女と夜を徹して激論を交わしたそうです。そのキーセンは、当時、20歳前半の若さ。たかがキーセンと言う勿れ。ディベート(討論)では絶対に負けないはずのAに、彼女は、竹島(彼女は独島と呼ぶ)は韓国のものだと、学校で学んだ歴史を交えつつ、6時間以上も食らいついてきたといいます。Aに言わせれば、彼女の言う竹島の歴史は韓国政府によってねつ造されたものだが、国が作り上げた歴史を、50年以上も唱え、国民に教育し続けていれば、いずれ、本当の歴史となってしまうということです。日本は韓国を植民地とし、更に韓国人を日本人に同化した極悪人だと言うことを、子供の時から繰り返し教育されてきた彼女の言葉に、彼は辟易したと言います。

 現実問題として、竹島には韓国の警備隊が常駐しており、日本からは近づくことが出来ません。竹島や北方4島を見る限り、国際社会においては、力でもって支配するものが勝ちのようです。一方、中国は、尖閣諸島は日本が中国から盗んだと国連で訴えています。チベットも西モンゴルも盗んだくせに、盗人猛々しいとは中国のことではないでしょうか。彼の国においては、為政者は、ことの正邪とは無関係に、ただ領地を拡張することこそ権力者の義務であり、権力維持の方策のようです。

 また、中国では、為政者は絶えず仮想敵国を作ることによって、自分たちに向かってくる批判の矛先をかわそうとしています。不思議なのは、日中戦争の原因となった柳条湖事件が勃発した9月18日までは、日本による尖閣諸島国有化反対のデモは、暴動の様相を呈するほど激化したのにもかかわらず、翌19日には、前日までの喧噪がウソのように、パッと止まってしまったことです。デモの様子をテレビで見ていて、デモで使われていた横断幕やプラカードの文字はほとんどが印刷や染色されたものであって、明らかに事前に組織的に仕組まれた官製デモであったことは、十分に推察されます。ところが、ひとたびデモがエスカレートして、批判の矛先が政府に向かってくる様相を呈すると、とたんにデモのリーダーへの連絡、ネットのデモ予告の削除、そして、取り締まりの強化によって、デモは散発的になり、たった一晩で収束してしまいました。
 いずれにしても、中国の権力闘争の歴史を見てみると、毛沢東は、建国10年目の「大躍進政策」の失敗で4000万人の餓死者を出した責任を取って、彼の同志であるNO.2の劉少奇に国家主席を譲りました。ところが、再起を狙う毛沢東は文化大革命(文革)の名を借りて、劉少奇を幽閉、死に追いやります。同じく危険を察知した林彪は飛行機でモンゴルへの脱出を試みるも撃墜されて死亡。そして、文革が失敗となるや、毛沢東は、彼の妻である紅青ら4人組に責任を押し付けて、一丁上がりでけりを付けています。
この様に中国では、政治家は生きるか死ぬかの命を賭しての権力闘争を繰り広げてきています。最近では、人口3000万人の重慶市の薄市長が失脚しました。彼の表向きの罪は収賄容疑となっていますが、権力闘争に負けたのは明らかです。
 
 一方の韓国でも、大統領の任期末期や辞めた後、例外なく大統領の子弟が収賄などの汚職で有罪になっています。現大統領の李明博の兄も収賄容疑で収監されたのは記憶に新しいところです。なぜ、韓国の歴代大統領は懲りもせず、身内が汚職をするのでしょうか。それは儒教社会である韓国は、国家社会や所属する会社などの組織よりも一族を大事にしなければならないからです。即ち、大統領といえども親族、特に目上の親族の要求を拒否できないからだと言われています。

 韓国と日本の関係を歴史的に見てみれば、近代以前の日本は、韓国の文化や技術を積極的に取り入れていました。そして、そのような交流の歴史から日韓関係を見てみれば、韓国は師匠であり、兄の意識があり、日本はいわば弟子なのです。その弟子が、その師匠を35年間も植民地にした上に、見下した扱いをしていたのですから、何がなんでもくそ餓鬼をやっつけようと、恨みと怒りに燃えているのが今の韓国なのではないでしょうか。韓国人は、3代前の先祖の恨みを晴らすことさえあると聞きました。日韓は民族的にも近いだけに、こじれるとなかなか仲良く出来ないものです。

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