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社長通信

第310号 ネパール

2014年01月号

 今回の年末年始は9連休だったので、常々行ってみたいと思っていたネパールに行ってきました。その目的は三つ。第一にお釈迦さまの生誕地ルンビニーに行くこと、第二に荼毘を見ること、第三にヒマラヤを見ることでした。
 天候が良いのが12月から1月、首都カトマンズで東京並みの3℃~10℃、ルンビニーはその倍ほどの暖かさらしいので、観光には最適です。
 私の乗った飛行機は真夜中に、首都カトマンズに着きました。上空から見るカトマンズは、電気の明かりが殆んど無く、見えるのは車列のライトのみで、とても首都とは思えません。後でガイドから聞いたのですが、それもその筈、毎日8時間の計画停電が実施されているとのことでしたので、停電中だったのでしょうか?
ネパールは、ヒマラヤ山脈のお陰で水は豊富にあり、急流なのでダムを造らなくても水力発電所を無尽蔵に造れるといいます。ところが、7年ほど前まで、11年間も内戦が続き、漸く落ち着いてきたものの、百数十の政党が乱立し、去る11月の総選挙の結果、25の政党から議員が当選し、第一党のネパール共産党毛沢東主義派が約30%強で、未だ連立内閣が出来ていません。そのような状態なので、国家の基本理念である憲法が未制定で、政治家や役人は賄賂の取り放題だそうです。政党も企業や個人に脅迫紛いの献金をさせるようですが、集金人がネコババすることも。従って、インフラ整備は何時まで経っても進まないとか。
 道路も公園もゴミだらけで、主要道路もでこぼこ道なので、どこも酷い渋滞でした。カトマンズ国際空港でさえ、出発・到着便の大きな案内ディスプレーや放送もありません。40インチほどの韓国製のテレビ画面が高いところにあるのみで、文字は近づかないと見えません。ルンビニーでは、カトマンズからの折り返し便(11時40分発)が、霞のため飛来せず、たった30分の飛行に3時間遅れでした。その間、何の掲示も放送も無く、ただただ飛行機の飛来するエンジン音に耳をそば立て、待つだけでした。客待ちしている十数台のタクシー(インド製の小さなスズキが殆んど)の運転手の月収は1万円位とか。最低賃金法が月8000円と言うから、食べるだけの生活のようです。
 ヒマラヤを眼前に見るべくポカラに行き、2人乗り飛行機で遊覧飛行をしました。ヒマラヤの岩肌や氷壁をバックに、風も雲も無い大空を舞う気持ちの良さは、日本から半日掛けてやって来た値打ちがあったと、つくづく感じました。ポカラからヒマラヤ連峰の間には、幾重にも山が続き、空中を舞ったところは、ヒマラヤまで数キロも離れている所でした。眼下には2000メートル近い山々の峰に達する、多くの千枚田(棚田)が見えました。春になると水を張った田圃には、千にも達する月が浮かび、幻想的な景色を醸すだろうと思います。
 首都カトマンズでは、ヒンズー教徒の荼毘(火葬)を見ました。ガンジス川の支流のそばに設えた火葬台(10台あった)の上に薪を置き、その上に布で包んだご遺体を載せ、バターやオイルなどをかけ、喪主が火をつけます。しばらくすると火事と見紛うような朦々とした煙が天高く立ち昇ります。但し、薪と油の燃える臭いしかしませんでした。
勢いよく燃えさかる炎の周りには大勢の親族が号泣していましたが、その隣の台では、火夫が火葬の終わった遺骨や灰を、川に投げ入れています。輪廻転生を信じるヒンドゥー教徒たちは、ガンジス川に流されることによって、次はもっと良い世界に生まれてくると信じているのでしょうか。夏にはそこで水浴びをする子供たちや、沐浴する信者たちがいるようです。そこには、生と死が違和感なく同居していました。
 火葬台の対岸には、川に向かって階段があり、大勢の観光客がそこに座って荼毘を見物しています。その後ろには、長いひげを蓄えた世捨て人(?)が3人いました(他の場所にも10人ほど)。彼らは、カメラを向けると手を出してお金を要求します。元修験者だそうですが、悟りを得られず、生活のため「世捨て人」を仕事にしているということです。
階段から、目を右上に転じれば、大きな建物や洞窟があり、最期(死)を待つ人々が滞在しているのだといいます。ちなみに、この火葬場にはゲートがあって、入場料約1000円が必要でした。
 文化・文明・生活の彼我の落差には驚かされましたが、国の端から端まで、延々と続くヒマラヤの美しさは、脳裏に焼き付いて今も離れようとしません。

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