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社長通信

第313号 近江路

2014年04月号

 故郷滋賀県を離れて50年以上が経ちます。旅行会社から送ってくるツアー案内を見ると、この数年琵琶湖を巡る旅が多くなって、今更ながら観光資源が多いことに気付きます。地元にいた時は、それほどとは思わなかったが、滋賀県の外から眺めると、風光明媚な観光地や、国宝級の神社仏閣や、秘仏とされる仏像等が山のようにあり、驚きを新たにします。
 また、古来より北国や東国から京都に行こうとすれば、近江を通らずには行けない地形的に重要な土地です。東海道、北陸道、中山道(中仙道)の主要三街道の他、京都から東国へ向かう時、中山道で草津宿に入ると、そこで分岐して、中山道と湖岸に平行して走る朝鮮人街道と呼ばれる道があり、鳥居本宿(彦根市)で再び合流します。その道は幅5~6メートルほどで、私の生まれ育った街(村)を南北に貫いています。豊臣秀吉は1592年と1597年に朝鮮出兵し、朝鮮人6000人余を捕虜として連れ帰りました。徳川時代になり、鎖国時代に関わらず、主として捕虜の帰還交渉に400余人の朝鮮人(通信使と呼称)が通行しました。朝鮮国王の国書を携え、江戸の徳川将軍に謁見するために通った道です。この朝鮮人街道は徳川征夷大将軍上洛の折りの専用道とし、他には唯一朝鮮通信使だけに通行が許されました。
 ことほど朝鮮人街道を特別道路としたのは、徳川家康が関が原の戦いで勝利し、佐和山城(後に彦根城として移築)を経て上洛した時に通った目出度い道路だからです。この道路を通信使に開放したのは、彼ら朝鮮人を大切に遇した証拠ではないでしょうか。400余人の中には、医師、学者、通訳、或いは料理人、陶工、楽師、漆職人など、先進文化を携えた文化人や技術者も多く、また日本人の付添いも数百人いたらしく、長蛇の列です。この道は彦根城下にも通じていて、彼らは複数の寺院に分宿しました。前後12回に及ぶ朝鮮通信使の歓迎費用は、全て地元負担です。沿道住民は彼らと交流し、異国文化に触れる機会を得た代わりに、費用負担に苦しんだに違いありません。なのに彼らは自分本位でお行儀が悪く、日本人を野蛮人の如く見下した言動がありました。400年の昔から、朝鮮人と日本人の性格や習慣は余り変わっていないようです。
 韓国や北朝鮮は今も昔も職人や技術者など、体を使って働く人を大事にしない国柄なので、朝鮮通信使の中から、陶工・石工・大工などはそのまま日本に居ついた人も多く、大陸文化が日本に定着することになった大きな理由です。
 滋賀県は伊勢湾と若狭湾に挟まれた、日本列島の一番くびれたところにあり、真中に琵琶湖を抱え、日本の中心に位置します。織田信長が築城した安土城は、正に日本の中心でした。先述したように、近江より東や北の者が京都に登るには、近江を通らねばなりません。そこを貫く道路は、全て京都と近江を隔てる逢坂山峠で合流します。現代の国道1号線、名神高速道、JR琵琶湖線・湖西線や京阪電鉄京津線、東海道新幹線も逢坂山を経て、京都に入ります。また、みやこびとの命を繋ぐ琵琶湖の水も、琵琶湖疏水としてこれ等道路や鉄道に沿って流れています。この逢坂山(324m)は、近江と京都を隔てる山の中では、ひと際低いのです。
 トンネル掘削技術が未熟な時代、掘削可能な場所が逢坂山だったのです。蒸気機関車の時代には、余り長いトンネルだと煤煙を排出出来ず、乗客が窒息死する恐れもありました。これがトンネルが短くて済む逢坂山に鉄道や道路が集中した理由です。勿論、今では昔のトンネルは新しく造りかえられていますが、地図で見ると全ての道路や鉄道が、逢坂山で1つの点になっています。
 明治以前は、この逢坂峠に関所がありました。そして、近江からはその峠を越えなければ、上洛できません。その関所を見下ろす地にあるのが、比叡山延暦寺。信長も上洛するとき、邪魔になるのが延暦寺。何故なら、その頃の延暦寺は数千人の僧兵を擁し、本願寺との争いでは山科本願寺を焼き討ちし、大阪の石山(後の大阪城)に追いやりました。現代のイスラム教のシーア派とスンニ派の様に、宗派間の覇権争いです。さらに当時、南近江は六角氏、三好氏などが上洛を狙っている上に、彼らと組んだ石山本願寺も畿内一円に戦国大名以上の勢力を張っていて、信長は南近江を制しない限り上洛できないと読んでいました。1571年、まず目の上のタンコブの比叡山を焼き討ちし、一説には3000人の僧侶や婦女子を殺戮したと言われます。焼き討ちの理由が、僧侶が堕落した生活をし、更に浅井・朝倉連合軍を匿ったからだと。仏閣を焼くことはおろか、高僧や子どもまで皆殺しにしたのは、信長の本音が仏教界に対する見せしめにあった気がします。その後、石山本願寺を応援する紀州の根来寺(根来衆)・雑賀衆などの僧兵との戦いが続きましたが、1580年本願寺との和睦後は大きな武力闘争が起こった記録はありません。

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