トップページ社長通信第319号 難行苦行

社長通信

第319号 難行苦行

2014年10月号

 長野県と岐阜県にまたがる標高3,067mの御嶽山が9月27日に噴火し、火山の噴火による犠牲者の数は戦後最大となりました。
 今回の被害拡大の背景には、紅葉シーズンまっただ中のちょうどお昼時に、噴火が起こったことにあるとの報道がなされていますが、同時に、この山が山岳信仰の対象となっていて、3,000mを超える標高にもかかわらず、それほど高度な登山技術を持たなくても登れる山であったこともその一因ではないでしょうか。
 今回の噴火の予知についても、専門家によれば、そのわずか11分前から発生した火山性微動とその後の若干の傾斜変化が記録された程度で、特に今回のような水蒸気爆発を予知することは極めて難しかったと言います。
 御嶽山は、古くから信仰の山として、信者から畏敬の念を集めてきた山であり、最高地点の剣ヶ峰には大己貴命とえびす様を祀った御嶽神社奥社があって、厳しい修行で知られる修験の場で、「修験道」と言われます。
 「修験道」は山岳仏教の一つで、日本独特の山岳信仰と仏教が混ざった独特の宗教であり、深山幽谷に籠って厳しい修行を行うことによって、超自然的な能力である「験力」を得て、衆生の救済を目指すことを特徴としていました。
 我が国においては、古くから人々の住む「里」の奥に位置する「山」は、水、食料、燃料や建築材等の豊かな恵みをもたらしてくれる場であると同時に、普段は決して足を踏み入れることのない、山神や御霊の宿る場「異界」として、畏れられてきました。そのような場所で生活をしていた、かつてのマタギたち(猟師)は、山に入る時は、山神に対して「しばらく山をお騒がせします」と言い、お神酒をささげてから山に入ったといいます。
 また、「山上他界」という言葉があるように、亡くなった人の魂は、山の上の遥か彼方に行ってしまうと信じられてきました。修験道における修行の場が山中であるのは、他界―死の世界で修行を積むことによって、現世に帰還する時には、常人では持ち得ない力を身につけることができると考えられていたのです。
 さて、この御嶽山は、現在では老若男女、誰でも登ることのできる山となっていますが、かつては、山頂の御嶽神社奥社登拝の前には、100日前後の厳しい修行(精進潔斎)が求められていて、この厳しい修行を行ったものだけが年に一回の登拝が許されていたそうです。しかしながら、江戸時代に覚明行者によって、新たな登拝道が開拓されて以降、厳しい修行を積まなくても水行だけで登拝することができるようになり、庶民にとっても信仰の山として親しまれるようになったといいます。
 現代では気軽にアタックできる山ですが、しかしながら、そこは3,000mを超える高山、信者の遭難もしばしば記録されてきていますし、現在でも冬季の登山は危険と隣り合わせであり、今も昔もある程度の苦労をしなければならない場所であることに変わりはありません。
話は変わりますが、私はかつて、四国八十八ヶ所の巡礼を四国お遍路バスでしたことがあります。しかし、日々忙しくしているため、長期にわたって休暇を取って、すべてを廻りきる「結願」は達成できていません。参拝していない札所が多すぎるので、何れ廻ろうと楽しみにはしてはいますが、遍路道の全長は、実に約1,000km以上になるそうで、歩き遍路は多分不可能です。
 この遍路は、現代のように交通の発達の見られなかった時代には、命を懸けた旅行でした。お遍路さんは、白い衣装と金剛杖が特徴となっています。それは、金剛杖は弘法大師、白装束は死装束であり、どこで倒れてもお大師様が傍に付いていてくださるので、お大師様と二人三脚の安心遍路なのです。
いずれにしても、御嶽山の登拝にしても今回のように噴火が起こり、交通手段が発達した現代の四国遍路にしても、そこにはある程度の困難が伴います。しかし、それを乗り越えた時の喜びや感動は、何物にも代えがたいものではないでしょうか。
 私も24歳の時に経験した父の会社の倒産など、幾多の困難があったように、誰の人生にも乗り越えるべき困難はあります。日々の生活や仕事の中にも幾多の困難、問題はあると思います。それを乗り越えた先にある喜びと成長は、超えた者だけが得ることができるものです。みなさんには、それから逃げることなく、乗り越えてほしいと思います。

会社情報
お問い合わせは、フリーダイヤル0120-300-100 資料請求・お問い合わせ
ページの先頭へ