トップページ社長通信第337号 50周年

社長通信

第337号 50周年

2016年04月号

第50期決算も終わり、いよいよ12月22日に50回目の創立記念日を迎える第51期に入りました。昭和41年12月22日の創立ながら、翌年3月末を会計年度としたため、初年度は約100日で終わったことになります。私は今月13日に満76歳を迎えた。数え歳なら77歳。喜寿と言うらしい。喜の略字は七七七を三角形に積み上げ、それを草書にすると七十七となるので、77歳のの誕生日を長寿のお祝いの日としたようです。昨今、77歳まで歳を重ねるのは当たり前になって、当人にしてみれば特別祝ってもらうほどの事でもないので、喜寿の祝いは来年にしました。
 先日、ある住職とお話ししていた中で、80歳で亡くなった女性の戎名に「寿」を使ったが、寿とはめでたいことに使われます。長命を祝う節目の年齢として77歳の喜寿、80歳の傘(サン)寿(傘の略字は八十と読める)、88歳の米寿(米が八十八と読める)、90歳の卒寿(卒の略字は縦に九十と書く)、99歳の白寿(百から一を引くと99.)。平均寿命が83歳(男性81歳、女性87歳)になってくると、80歳で亡くなることは決して長寿とは言えず、めでたい言葉である寿を使うのは如何なものかと言う話になりました。現代の様に、食事の改善、医療の発達、運動、健康維持の啓蒙等により毎年のように寿命が延びています。従って80歳を迎えるまでの老衰死は稀有な時代になりました。
私の子供時代、戦後直ぐの時代、近所に80歳のおばあさんがいました。大人たちは凄い長寿だと、感心を通り越して呆れていました。戦後2年目頃(昭和22年)の平均寿命が初めて男女とも50歳を超えたらしいので、70年ほどの間に30才以上も伸びたことになります。信長が明智光秀に攻められ死を前にして舞ったという敦盛(能)の一節「人間50年 下天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり 一たび生を享け 滅せぬもののあるべきか」とあるように、寿命が50年の時代が神代から戦後まで続いたわけです。現代では晩婚になって、50歳は子育て真っ最中の人も多い年齢ですから働き盛りと言えます。
長寿の現代、寿を付けるに相応しい天寿は果たして何歳?かと問われると、少なくとも平均寿命までは事故や病気にならない限り、普通に生きられる年齢ですから平均の寿命の83歳を天寿と言うには納得性がありません。老衰死が天寿を全うしたと言えるのではと思います。死亡原因を分析すると、90歳までの老衰は5%ほどで、90歳代前半で11%、後半になると20%以上となります。老衰死とは加齢によって細胞や組織の活動が低下し、その結果臓器不全に陥り、生命の維持が出来なくなることが原因です。
寿命が自然に尽きること、即ち老衰死を天寿と定めるなら、人それぞれに天寿に差がでます。個人差があるとはいえ、長寿社会の日本に於いて、一般的に80歳を天寿と言うには抵抗があり、戒名に寿を入れるのは90歳以上の気がします。何故なら私はあと4年で80歳になるのです。もし、4年後に死んだとして、天寿を全うしたとは言って欲しくないですね。生きる目標年齢は白寿に於いていますが、癌や心疾患、脳卒中等の病気にならない様に、食事や健康に最善の注意を払っています。丈夫で長生きしても、怖いのはアルツハイマー等の認知症です。50年間も社長をしていると、考え決断することが日常であり、脳への刺激は可なりなものと思います。ただ、もの忘れは人後に落ちないほどありますから、多分健忘症と思いますが認知症との区別をしっかりしないと大変です。この社長通信を毎月期限までに仕上げていますから、まだ健忘症でも無さそうです。
今年の12月22日に50周年を迎える訳ですが、今期(51期)は創立50年に相応しい業績にしなければなりません。当社を代表するものとなった、自動搬送式納骨堂の鉄骨が東京と名古屋に立ち上がりました。この数年、当社の堂内陵墓に似た納骨堂が多数出来ていますが、それらの納骨堂より数等大きく威容を誇っています。当社は17年の経験を積んでいる訳ですから、他の追随を許さないものが、創立記念日には2か所とも完成を見ることになっています。ただ、販売許可は来年になりますので、今期中の売り上げになるよう1日も早い完成を祈るばかりです。

会社情報
お問い合わせは、フリーダイヤル0120-300-100 資料請求・お問い合わせ
ページの先頭へ