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社長通信

第349号 供養の変化

2017年04月号

供養とは一般的にお仏壇やお墓、お寺など、そこにいらっしゃる仏様や故人の霊に手を合わせ、自分がいまあるのはご先祖や仏様のお蔭と感謝し祈ることです。ただ、供養は仏様や先祖だけではなく、人形供養、針供養など、これまで生きる支えになったもの、或いは生活の糧になったものや、家族の一員として生活を共にしてきたペットの供養などが、お寺の行事として行われています。       
 供養そのものは仏教が伝来する以前から、祖霊崇拝として存在し、彼岸法要、施餓鬼法要として今に伝わっています。ところが供養のお手伝いとして存在するお墓、納骨堂、仏壇、葬儀等の業界模様が、この数年大変化を起こしています。
 当社が墓石の販売を始めた37年前は、お墓の形は和型と呼ばれる3段墓が主流でした。洋型と呼ばれるオルガン型(オルガンの形をした横長)のお墓は、芝生墓地専用でした。いわんやデザイン墓と呼ばれる世界に一つだけの形のお墓は1%もあったでしょうか。
 当時のお客様はほぼ明治・大正生まれの方々で、先祖崇拝の念が強く、棹石の墓碑銘も○○家先祖代々之墓、乃至は○○家之墓が当然でした。更にお墓を建てるに際し、田舎の本家の墓より大きくてはいけないとか、親戚に相談しないと決められないとか、決めるのに親族の意見も必要でした。ところが戦後生まれの人たちが購入者の中心になってくると、和型はほぼ姿を消し、デザインを重視した横型が殆どになりました。そして墓碑銘は○○家、乃至は○○だけになり、ありがとう、さようなら、愛、一期一会などが碑銘として使われるようになりました。これは先祖代々の墓から、個人墓中心の時代になってきた現れです。個人と言っても自分がご先祖第一号の意識があっての家墓です。お墓にも個性やデザイン性が求められる時代になりました。更にその流れを加速したのが6年前の東日本大震災で、多重に積み重ねる和型は地震に弱いことが分かり、耐震に対応した形に変化したようです。
 こうした変化はお墓の多様化も生みました。17年前に誕生した自動搬送式納骨堂(堂内陵墓)は、都内に10ヶ所以上造られ、クオリティーも価格もピンキリ。当社が扱っている堂内陵墓は、火葬以外の全てを行える供養の館となっています。全館石造りは一流ゼネコンにより100年の風雪に耐える施工となっています。また、搬送機械はメンテナンスが一等大切ですが、自動倉庫のトップ企業である村田機械やIHI(元石川島播磨)を導入しています。当社は供養とはどうあるべきかを40年近く研究し、売って終わりではなく始まりとの意識で販売しています。最近はこうした納骨堂の建設に投資ファンドまでが手を出してきました。彼らは長期にわたって販売するのではなく、投資金を回収して終わりでしょうから、どの様なサービス戦略を持っているのか気になる所です。
 当社の販売力は業界的には、何処の販社もが認めるところですが、売って終わりの戦略なら、これほどまでに売れないと思います。お墓はお骨の捨て場ではなく、参拝の場・供養の場であってこそ利用者は安心できるのです。その為には、供養・経営母体の寺院、販売代行の当社、設計会社が何十回と打ち合わせを行い、今年2月にグランドオープンしたのが、赤坂一ツ木陵苑であり、名古屋の大須陵苑です。2ヶ所ともマンションに比べ2倍以上の建築費、内装費も3倍以上、調度品も高級品を使っています。さらに十分な広さの参拝室、客殿(会食室)、休憩室、本堂、斎場を備えていますから、アンケートはほぼ買って良かったとのお声を頂けるのです。他の納骨堂との比較において、一等大事な自動搬送装置のメーカーとシステムは目に見えません。この5年余りの期間に10数ヶ所に納骨堂が生まれた訳ですが、15年以上の実績を持つ当社のそれとの差は、ご覧いただき、操作してみるしか判らないとしか言いようがありません。

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